東京都の先輩経営者からのメッセージ
街に愛される個性的で面白い地域一番店をめざす!
茂木 貴彦 氏
ラーメン、アジア2003年開業
茂木氏は、フクモチック有限会社代表として、現在ベトナムフォーの専門店『チョップステックス』・鶏そば専門店『そると』など5店舗を展開している。もともと大学卒業後は、居酒屋や外食チェーン店で社員として働いたり、イギリスで和食店の立ち上げをしたりと幅広く経験を積んできたという。「もともとアジア料理店として、共同経営で高円寺で立ち上げたのがはじまりでした。その後、経営を引き継いでベトナムフォーの専門店に変え店名を『チョップスティックス』として1年ぐらいは一人でフォーやスープを試行錯誤しながら運営していました。」「当時は非常にさびれた市場の一角の店舗だったので、一人でも工夫しながら運営が出来ていました。」そう茂木氏は語る。ベトナムに現地に視察に行ったり、ベトナム料理研究家と仕事を通じて知り合う機会もあり、現地のフォーより日本人に合う美味しいフォーを目指し商品開発したという。
『チョップスティックス』のフォーは、国産の米粉を使用した麺作りから製麺所と取り組み、スープの改良を重ね、日本初の生麺フォーを開発したという。美味しいフォーの食べられる店として評判が広がった頃、同じ区画で商売をしていたラーメン店の店主のつながりから阿佐ヶ谷に麺処『三ッ葉亭』を開業。2012年にベトナムハノイにあるベトナム式焼き鳥の有名店ビンミンを日本に持ち込み開店。2013年に鶏そば専門店『そると』を下北沢に、2014年チョップスティックス2号店目となる吉祥寺店を開業しいずれも好評を博している。
「会社としての理念と言うものを、特に決めているわけではありませんが、今までにない面白い店をつくるという事、そして例えば「高円寺にこの店があって良かった。」と言われるくらい、街の魅力の一つとなる地域一番店を目指しています。」そう茂木氏は語る。美味しいものは提供して当たり前、どう売っていくのかも考えながら、どこにもない面白い街に愛される店舗を今後も作り続けて行きたいとのことだ。
バーはお客様が居心地よい楽しさを求めてくる場所。お客様ひとりひとりとのコミュニケーションを大切に!
鶴田 俊也 氏
バー2014年開業
鶴田氏は、『Ailes Yushima』開業以前はクラブなどで店長業務をしながら、バー経営への強い憧れと想いを持ち続けていたという。「クラブの店長時代は満足できるだけの収入は得ていましたが、やはり自分自身で、バー経営をしてみたいという想いは消えず、独立を決意しました。」そう鶴田氏はいう。
「当初は利益率の高いウイスキーやカクテルなどを主力にして、バーにはないおつまみやスイーツも提供出来る女性でも入りやすいバーというコンセプトを立てていましたが、最近の業界の流れや立地にあった業態を再考しクラフトビールを週替わりで提供出来るビアバー業態での出店をしました。」店舗の開業までは、限られた自己資金の中で金融機関からの資金調達や施工業者との打ち合わせなど、はじめての経験が多く苦労した部分もあったというが、2014年念願のビアバー『Ailes Yushima』を開業。国産クラフトビールをはじめ、女性に人気のヒューガルデン生ビール、豊富なカクテルやウイスキーに合わせたつまみやスイーツも気軽に楽しむことが出来る。
「バーですから、お客様に美味しいドリンクを提供するのは当たり前です。もっとも大事にしているのはお客様とのコミュニケーションです。バーはお客様が居心地を求めて来店されると思っていますので、ひとりひとりのお客様の体調やお気持ちを汲めるようお客様との会話を大切にしています。」「また飲食店ですから、『楽しく』なければいけないと思います。すべてのお客様を満足させることは難しいですが、店のルールの中で心地よく楽しんで頂けるように、環境づくりにも気を配っています。」そう鶴田氏は想いを語る。
「やはり飲食店の醍醐味は、お客さんから『また来るね!』の言葉を頂いた時です。また一緒に働いているスタッフの成長を感じられる時も経営者として嬉しいですね。」今後はまた違う業態で、2店舗目の出店も考えていきたいとのことだ。
都会の片すみにあるあたたかい場所
曽我部 恵一 氏
カフェ2006年開業
オーナーの曽我部恵一氏は、『サニーデイ・サービス』のBANDのボーカルとしても知られるミュージシャンであり、インディーズレーベル「ROSE RECORDS」も主宰し活動している。「CITY COUNTRY CITY」を開業するきっかけは、現在店舗で責任者を任されている店長の平田氏との出会いからだという。
「もともとは自分自身もレコードが好きで、レコード店を開きたいと思ったところから始まったんです。オーナーとは下北沢のレコード店を回っていた当時たまたま知り合い。色々な話をする中で、多くの音楽仲間の集まる場所を作りたいと店を始まる事にしたんです。」そう平田氏は振り返る。
2006年「CITY COUNTRY CITY (シティカントリーシティ)」を開業。レコード店とカフェを併設した店舗をはじめた。「当初はどちらかと言えばレコード店として営業して、コーヒーとボトルビールそしてパスタしかメニューとしては出していませんでした。開業後数か月かけて、設備を入れたりしてメニューを増やしてきました。」「都会の片すみで、ゆっくりと音楽を楽しみながらくつろげるあたたかい場所を作りたいと店を作りました。」もともとCD店だったという店舗を、自分達で内装を作り家具もあたたかみの感じられる物をオーナー自らチョイスしたという。
現在は飲食経験の長いメンバーも加わり、生パスタを中心にデザートメニューやボトルビールも季節ごとに入れ替えアルコールメニューも充実している。店内は平田氏が年に数回アメリカに買い付けに行くというレコードが置かれ、音響システムもあり質の良い音楽を楽しむことができる。「若い方から親子連れまで幅広くご来店頂いていますが、下北沢という土地柄、ミュージシャンや演劇関連の方も多く、分野や業界を超えたいろいろなつながりや文化が生まれる場所を作りたいと思っています。」下北沢の文化的な良さが凝縮された、雰囲気や繋がりを今後も大切にしていきたいとのことだ。
ライフスタイル(食文化)の一部となれるような店づくり
高城 直弥 氏
レストラン
高城氏は高校卒業後、調理学校を経てホテルや飲食店での勤務後、世界一周旅行船でのキッチンサービスの仕事につき1年間世界各地を回りながら仕事をしたという。2008年27歳の時に世田谷で、4坪の不動産事務所だった店舗を借りはじめたのが、人気を博した繁盛店「世田谷バル」だった。
「開業前世界各地を回った時に、発展途上国と言われる非常に貧しい国にも立ち寄りました。スラム街に住んでいる若者は、夢を持てない厳しい環境にいる。それを目の当たりにしました。逆に日本で生まれ育った自分は、やろうと思ったら何でも出来る環境にあるのを感じた時にあらためて独立しようと決意しました。」そう高城氏は振り返る。
「はじめて開業した『世田谷バル』はとにかく開業資金がなかったので、限られた資金で開業できる物件を探しました。駅から徒歩10分4坪不動産事務所の物件で、内装も自分でやりました。ガスは引かずにIH調理器を使用したのも資金を抑えるためです。」工事費等コストを抑え約200万円で開業できたという。
独立開業した「世田谷バル」は住宅街にある4坪の小規模店舗ながら、大繁盛店となり、2011年2店舗目の「リゾットカレースタンド」2013年3店舗目の「アワーズファームキッチン」そして2014年に4店舗目の出店となる「かしわビストロバンバン」をオープンと順調に店舗数を伸ばしている。
「『売り手よし・買い手よし・世間よし』という近江商人の三方良しの言葉は有名ですが、私も滋賀県出身でひいお爺さんは近江商人だったと聞いています。この考え方を大切に、お客様のライフスタイル(食文化)の一部となれるような店づくりを今後もしていきたいと思っています。」そう高城氏は語る。将来的には海外への出店もしていきたいと今後も挑戦を続けて行くとのことだ。
朝〆の新鮮な焼きとんの美味しさを感じて欲しい!
吉田 尚史 氏
居酒屋2010年開業
学生時代飲食店でのアルバイトから開業を目指してきたという吉田氏。大学卒業後大手居酒屋チェーンに就職し約8年間店現場を経て経験を積んできたという。
「飲食業界に入った頃から、将来的には漠然とですが独立を意識して考えていました。出来るだけ早く独立をしたいとその当時社員独立の制度があった居酒屋チェーンに就職しました。実はその会社内でも独立も一時期は考えたこともありましたが、やはり一から自分のやりたい店を作りたくて個人で独立を決意しました。」そう吉田氏は開業当時を振りかえる。
居酒屋チェーンで仕事をしていた時に出会った先輩や仕入れ先から協力を得て、2010年「朝〆やきとんの淳」を湯島に開業。店のウリは、その日の朝に〆られた鶏肉・豚肉を使った焼きとん・焼き鳥だ。串物を中心に50種類~60種類のつまみメニューも豊富で旬な野菜も取り入れ、毎月メニューを数種類づつ入れ替えながら工夫をしている。
「開業当初から比較的地元の方に利用頂け、立ち上がりはまずまずでした、ただ翌年震災があってのでその時はさすがに落ち込みました。」「ただお客様とのコミュニケーションを大事に、美味しいものを食べて欲しいという想いで営業してました。」そう吉田氏は語る。
「やはり自分で店を経営するようになって、自分のいいと思ったことをすぐ実行できたりお客様との関係の中で勉強になることも多く、本当に店をはじめて良かったと今は感じています。」まずは今の店舗をもっと盛り上げながら、現在のスタッフとともに成長していきたいという。
高い店に行けば美味しいものはいくらでも食べれるかもしれないが、日常生活で普段使い出来る店として、美味しいものを提供しお客様との家族のようなコミュニケーションを大事に今後も店を続けて行きたいとのことだ。