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飲食店先輩経営者からのメッセージ

すでに飲食店経営者として活躍されている先輩経営者から後輩経営者に向けてのメッセージです。
これから共に飲食業界を引っ張っていく後輩経営者へたくさんのメッセージが寄せられています。

北海道 道央の先輩経営者からのメッセージ

株式会社mado

「勝つまでやる!勝てる方法が見つかるまで探す!」

太田 純一 氏

そば
2000年 開業

 東京でサラリーマンをしていた頃、よく通っていたバーで食べる蕎麦が好きで、いつかそんなお店が作りたいと考えていた。地元旭川に戻り、2001年に小さなバーを開業、2006年に、お酒と蕎麦が楽しめるお店「サラザンバー ドット」という名前で、札幌に移転。2010年にご縁のある方からの希望で、127年続く老舗蕎麦店の経営を引き継ぐ事になり、益々、蕎麦に磨きをかける。お店作りで大事にしている事は、“来た瞬間よりも、少しでも幸せなって帰って頂く事”で、お客様が抱えている辛さを落とせる場所でありたいと考え、そうしてもらう為には、働いているスタッフも楽しんで働いてもらう事を心掛けている。長く経営する秘訣は、「あきらめが悪い事、あきらめない事!」で、勝つまでやる!という事は、勝つ方法が見つかるまで探すという精神が大事。そして、なにより、他人の喜びが自分の喜びに感じられる事が大事であり、周りの人の助けであり、食材・財務・スタッフ・お客様の全てに対して、思いを込めて、真摯に向き合う事を大事にしている。今後は、まだまだ、世界に知られていない、メイドインジャパンの蕎麦文化を世界に広める活動を展開したいと考えている。

MiyanomoriBread117

「何一つも、手を抜かず、真面目に、取り組む!」

川島 理香子 氏

パン屋
2013年 開業

 元々、幼い頃からパンが身近な存在だった。主婦をしていたある日、ベーカリーオーブンを譲り受ける事になったタイミングと、様々な良縁が重なり、パン工房を作る決心をした。場所は、“幼い頃から、この辺に焼き立てのパン屋さんがあれば嬉しいのに。”と思って育った地域で、宮の森地区の小高い住宅地の一角だ。信頼するパン職人と共に、素材にこだわり、天然酵母のパンを作っている。便利のいい場所ではない、それだけに、開業当時から、近隣のお子様から、お年寄りまでの地域の幅広いお客様に支持されている。一番人気は、卵と乳製品を使わず、中はもちっとしっとりとした食感の“角食”だそうだ。2年目は、積極的にイベントなどにも参加したり、SNSを活用した広報活動で、口コミをお客様が徐々に増えてきた事を実感する。経営で大事にしているのは、現代の目の肥えている消費者には、見抜かれてしまうという事を意識して、接客・商品作り、スタッフとのコミュニケーションなど、何一つも、手を抜かず、真面目に、取り組む事だそうだ。今後は、現店舗を守りつつ、積極的に外のイベントにも出店していく。

中華レストラン大公

「美味しかったよ!また来るよ!の一言が何よりの励み」

四辻 弥一郎 氏

中華
1983年 開業

 元々、料理が好きで、札幌市内の飲食店やホテルで、腕を磨いていた。昭和58年、28歳の時に、人と人とのご縁から、現在の店舗物件の話をもらい、悩み抜いた結果、不安もある中で、独立開業した。当時300人の方が勤めるオフィスビル内立地で、事業所への会議弁当の供給なども行っていたそうだ。内装は、時代に流されないように、中華業態では珍しく、モダンな洋風スタイルを取り入れた。メニュー作りにもこだわり、油を極力減らし、野菜を沢山使うなど飽きさせない工夫をし続け、“あえて看板メニューを作らず、時代・年代・性別に合わせて、常に変化させるメニュー”を約30年間、考え続けてきた。経営者としては、何も知らなかったと開業当時の失敗談を語りつつ、“とにかく知らない事は、教わる!”姿勢で、垣根なしの人付き合いを優先してきた。そして、お客様との対話を重んじて、細やかに傾聴し、商品作りに反映させた。その取り組みが、リピーターとなり、友人知人を連れて帰ってきてくれたそうだ。“美味しかったよ!また来るよ!”の一言を何よりの励みに勉強し続け、会議室での独自の宴会誘致と、フェアーなど差別化した企画を打ち続け、隙間の需要を掘り起こしてきた。今後は、どこまでできるか分らないが、可能な限り、今も勉強しながら現場に立ち続ける。

FreeDiningfoodチムチム

「どうせ食べるなら、体にいいものを食べて欲しい!」

中村 正敬 氏

お弁当
2008年 開業

 元々、音楽家として活動していた。ある時、全国ツアー中に、ハードスケジュールと、ストレスからくる重い体調不良に見舞われ、音楽活動に、ドクターストップがかかった。入院中、人生を考えていた折、栄養学を含めた“食”全般を学ぶ機会があり、これまでの事を振り返り、必要性を実感した。その思いを表現・伝達する方法として、昼ごはんに注目したそうだ。何かと忙しい現代人の昼食は、どこか“間に合わせ”的な要素が強いので、手作りで、3大栄養素をバランスよく摂り、かつ必要なカロリー数を考慮した“お弁当”を販売する事で、人に良い“食”を伝える事に着手した。味覚は人によって感じ方が様々であるために、本当に健康を考えた時、当然味は、薄くなり、同時に、話題性も伴わないので、時間がかかると理解・覚悟の上での開業だった。事業計画は、必要最低限度のミニマム値に設定し、フードコストの計算はするが、誰でも、毎日手が届く500円にこだわり、その範囲で最大のパフォーマンスを生むために、生産者さんと直接交渉するなどの努力を重ねた。お客様の生活の一部に、自分達の料理が生きてくれたら嬉しいと語り、今後も、真面目に、地道に、“リスク”と“健康”について伝える活動を行っていく。

寿珈琲

「お店や人を応援サポートできる焙煎家」

柴田 寿治 氏

カフェ
2007年 開業

 20歳の時、喫茶の世界に入門。飲食に入ったのは、“逃げ道”だったかもしれない、と当時を振り返る。長年、大手珈琲店で、修行を積んでいたある時、友人の誘いで、共同経営の一環として、焙煎を含めた珈琲事業を任された。数年後の平成19年、組織が解散する事になり、その事業を引き継ぐ形で、独立した。お店作りで大事にしたのは、自分がいつも感じていた、“街なかに、ずーっと長い時間開いている喫茶店が1軒でもあれば嬉しいなぁ”という発想から、市場の近くという事もあり、朝早くから、夜遅くまで、出来る限り長い営業時間にする事と、今や生活になくてはならない存在になった珈琲文化だからこそ、よりスタンダードな美味しいコーヒーを提供できるお店作りを心がけた。同時に卸売りも行い、お客様のニーズに合わせた提案型の営業を行い、“お店や人を応援サポートできる焙煎家”という立ち位置で活動してきた。経営者としては、“損して得取れ”という考えの基、自分の事より他人の事を優先し、様々な応援活動や、人と人との繋がり、スタッフの働きやすい環境作りを大事にしている。結果的に、現在は、多くの方々からお声掛け頂けるようになったと実感しているそうだ。今後も、関わるお店や、人が輝く姿になる為の貢献を行っていく。

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