愛知の先輩経営者からのメッセージ
人に熱く!笑顔で地域を盛り上げる岐阜のラーメン店
箕浦 久恵 氏
ラーメン2019年6月
前オーナーから箕浦氏が経営を引き継いで、ちょうど1年が経とうとしている。
冒頭に箕浦氏は「まさか何年か後に自分がお店を経営しているなんて」と話してくれた。ここはもともと箕浦氏が子育てを機に始めたアルバイト先であった。家庭状況に合わせてシフトを組んでくれることなど、自らの環境に合わせた様々な配慮があったことがここでアルバイト始めるきっかけとなった。
当時の店舗オーナーは現在の本家の会長。情熱的な人柄で多くの従業員を束ねている。そんなオーナーのもとでメキメキと頭角を現し、アルバイト時代にはバイトリーダーの地位まで上り詰めた。
現在、店長として日々お店の切り盛りをしている長岡氏も同様に、元アルバイトの一員である。4年のアルバイト経験の後、経営引継ぎのタイミングで社員となった。元々は服飾に興味があり、持ち前の明るさとトーク力で前職の靴の販売ではトップセールスを記録することもあった。
そんな長岡氏でも、店長を任されてからというもの、当時まだ慣れない「お店の経営」について悩み、肩を落とすことがあった。長岡氏は「経費管理にはとても気を遣うようになった」と話す。これは「いちアルバイト」から「お店の管理者」になった長岡氏ならではの大きな気づきポイントと言えるだろう。紙一枚、水一滴。そんな些細なことにも目を向け、管理することがお店を長く継続することに繋がっている。さらに人材には採用、教育共に力を注いでいる。以前は、自分より若い世代への教育に苦戦することがあったとのこと。「自分ができて当然だと思っていることができない。自分の当たり前がその人にとっての当たり前ではないことをアルバイトの教育を通じて学んだ」と話してくれた。
箕浦氏、長岡氏の人に対する熱い思いが通じてか、今では従業員同士の良好な関係がお店の大きなウリの一つになっている。
最後にこれから飲食をはじめられる方へのメッセージを伺った。
「無駄な人件費、経費を使わないなど、お金の徹底管理はマスト!そして何よりも人!お客様はもちろんのこと、従業員の笑顔がお店全体の笑顔に波及します!人を大切に!」
岐阜にある一軒のラーメン屋「麺’s」。ここから広がる笑顔の輪が今日も岐阜の地域を盛り上げている。
コンセプトは『愛情のある手抜き料理』 忙しいお母さんの目線で、終わりのない探求心が作り出すアイデア料理の数々
南方 直美 氏
料理教室1990年
名古屋市の閑静な住宅街の一角に料理教室を始めて30年。
22歳の時、結婚を機に料理教室を開講した。「料理の勉強がしたい」と話す母の知人を紹介してもらい、当初は3名の生徒が教室に足を運んだ。始めたころは小さな規模だったが、次第に南方氏の人柄、料理に対しての想いに共感する生徒が増え、口コミや紹介で、今では総勢500名以上の生徒が在籍する料理教室となった。
南方氏は、常日頃生み出すレシピや料理のコンセプトが『愛情のある手抜き料理』であることを教えてくれた。続けて、「決して本当の意味で手を抜いているわけではない。子育てをしていた頃の自分のように、日々忙しさの中にあっても、子どもたちに最大限おいしい料理を食べて欲しいと願うお母さんたちの助けになれたら」と話してくれた。
自身が、女手一つで子供を育ててきた経験。なにがなんでも自分が働かないといけない環境の中で、それでも子供たちにはしっかり愛情を伝えていきたい。試行錯誤を繰り返した末にカタチとなったものが、現在子育て真っ最中の働くお母さんの強い味方になっている。
料理教室の運営やレシピ開発にとどまらず、専門学校の講師や地域誌の料理ページ連載を担当するなど、多方面で活躍する南方氏は、新たに『オンラインでは感じられないヒトの温もりを感じられる弁当』というコンセプトを持ったテイクアウト専門店の開業を控えている。
IT技術が発達し、人と人との繋がりが希薄になってきた時代だからこそ、人の五感や、心と心の繋がりに重きを置き、お客様に持ち前の『愛情』を伝えていくようだ。
最後に、これから開業を希望する人に向けてメッセージを送ってくれた。
「どのような状況、時代になっても心と心の繋がりを大事にすること。愛情を伝えられれば、その愛情はいずれ返ってくる。仕事に情熱を持ち、初心を忘れず、驕らず、嘘がない仕事をすること」
このように話す南方氏の姿に、私もどこか母親の面影を見た。
飲食経営の魅力は全てに関わることができること
オーナー様 氏
焼肉2015年開業
元々自分は雇用される立場には向いていないと認識していた。そうであれば自ら起業することが一番と考え構想を練り始めた。どんな業種で起業するかを考えた時、飲食店は経験こそなかったが、食べることが好きだったこともあり「好きなことを仕事にしたかった。」とのことで開業を決意したそうだ。目指したのはホルモン焼きのお店だが、競争が激しいと考え差別化することに集中した。差別化のポイントは「朝〆ホルモン」の炭火焼はもとより“ブランドイメージ”を最重要視したそうだ。開業当初苦労したことは在庫管理で“朝〆”を継続するために様々な工夫を重ねてきたのだとか。どれも美味しい素材の中でも看板メニューは“シロ”“レバー”“ハラミ”“てっぽう”の4種類で他店にない特徴が生きている。繁盛を継続してこられた秘訣は?の問いに「(自分の思う)美味しいものを提供すること。」「キチンと真面目な仕事をし続けること。」と語る。経営者として一番大事にしていることは「集客」で、すべての媒体(SNSや紙面など全て)に対して面倒くさがらずに丁寧に更新することを意識しているそうだ。今後はホルモン焼きのメッカである東京や、海外進出も視野に入れているとのこと。これから始められる方へ「飲食業の醍醐味は、川上から川下に至るまで(設計デザイン、施工からメニュー作り、集客、製造、販売など)全てに携わることが出来る幸せな仕事なのでその魅力を存分に味わって欲しい。」とエールを贈る。
流行を敢えて追わず奇をてらわず基本を大事にしつつ変化し続けること
荒島 広志 氏
うどん明治36年
創業明治36年、代々引き継がれ100年以上の長きにわたり暖簾を守ってきた。現在お店を切り盛りするのは5代目の広志さんだ。曾祖父、祖父、父親の背中をみて物心がついた頃から自分が継ごうと漠然と考えていたそうだ。そのために京都の懐石料理店(茶懐石)で修業に入り先代たちとはまた違った視点で料理の研鑽を積み、守ってきた伝統の味に幅を広げ更に磨き上げるための技術を学んできた。4代目から引き継いだのは平成23年からで、現在も日々進化を続けている。100年を超える伝統を守ることは容易ではなく少しでも手を抜けばお客様にすぐに分かってしまうと理解し、手打ちへのこだわりと出汁のとり方、醤油のブレンド等は絶対に変えず、季節に応じた素材や具材はむしろ積極的に変化を加えているそうだ。元祖ガマゴリうどんと言われる“竹島うどん”(春あさり)、穴子うどん(秋)、牡蠣鍋(冬)その季節ごとに人気メニューはあるが、一年を通して人気メニューとなってるのが先代が世に出した“龍神(あんかけ+フライ)”だそうだ。経営者として大事にしていることと繁盛継続の秘訣は?の問いに「流行を敢えて追わず奇をてらわず基本を大事にしつつ変化し続けること。」と語る。これから始められる方には、「基本を身につけた上で、こだわる部分はとことんこだわり、引き算(計数管理)もしっかり行い経営することと、決して手を抜かず、手を抜いていないことをお客様に伝えること」を大切にして欲しいとエールを贈る。今後も子供がお店を継ぎたいと思ってもらえるようなお店にすることを目指して家族とともに伝統を守りながら変わり続けお店を守っていく。
常に挑戦を続け、TOPとして意思を伝え続け、時代を読んで変化に対応する
渡邊 文雄 氏
居酒屋2003年開業
前職で外食企業の役員をしていた経験をもとに起業。会社名の由来は“FOODとDRINKの情報をたくさん持つ会社”との意味があり、その活動範囲は飲食店経営にとどまらず、料理教室運営や食のイベント事業なども手掛けている。最初の飲食店舗は鶏肉を炭火焼で美味しく食べられるお店として2003年に“丸の内 炭酒屋”をOPENした。最初に苦労したことは資金調達で、銀行は“お金を貸してくれるところ”と思っていたが、中々簡単には貸してくれないのだと、その時、始めて認識したそうだ。ただ社長自身の“夢は100億!必ず儲かる!”という熱意と周りからの信頼と支援もありOPENすることができ、現場に立ち続け初めから必要な売上を作ることができたそうだ。現在、直営7店舗、フランチャイズ3店舗を展開している。経営で大事にしていることは、“社長の想いがなければ、熱意がなければ絶対にうまく行かない”との考えで「常に挑戦を続け、TOPとして意思を伝え続け、時代を読んで変化に対応すること」と語る。これから始められる方が相談きたら必ず社長の意思を確認するために敢えて「絶対に儲かりにくい商売ですから無理だと思います。」と伝えるそうだ、そこには起業する多くの方が失敗してしまう難しい業種であることを誰よりも知っているからこその言葉で、どれほどの覚悟が出来ているのかを問う目的があるのだそうだ。飲食店は美味しいだけでは成り立たず、料理と接客サービス、雰囲気のトータルバランスとコンセプトが重要と伝え続けている。今後は海外に日本の正しい、素晴らしき食文化を伝える取組み行っていきたいと意欲的に未来を目指している。