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飲食店先輩経営者からのメッセージ

すでに飲食店経営者として活躍されている先輩経営者から後輩経営者に向けてのメッセージです。
これから共に飲食業界を引っ張っていく後輩経営者へたくさんのメッセージが寄せられています。

株式会社SMILE SOL 粋な居酒屋 あいよ 他

「笑顔と元気!ノリと愛嬌!」

小川 宏 氏

居酒屋
2010年開業

調理師専門学校を卒業後、スノーボードの関連会社に就職し、人と接するサービス業の魅力に気づき、25歳の時、飲食店の社員として転職した。2年程務め、独立を目指していた所、勤務先の社長から、店長を務めていたお店を、暖簾分けの形で、独立を支援をしてもらえる事となり、27歳の時に起業。現在は、「粋な居酒屋あいよ」を軸に5店舗を展開する。企業理念は、“辛い事、苦しい事も楽しく笑う”だ。一見辛く、苦しい事も、いつか笑えるようになるまで、一生懸命やってみて、その時、本当に自分自身に向いているかいないかを判断すべき“、との思いから、社名を「SMILE SOL」と名付けた。お店のコンセプトとしては、「笑顔と元気」を重視して、合言葉は、「ノリと愛嬌」、とにかく、スタッフ全員が明るい接客サービスを行い、美味しい料理は、当たり前として、素材力ではなく、スタッフ力で、20代前半に支持され、リピート率80%以上を誇る。今後は、「粋なシリーズ」で、店舗展開をはかり、和洋中こだわらず、様々な業態の多店舗化を目指しつつ、同時にスタッフの独立も支援していく。

トラットリア・ピッツェリア テルツィーナ

「100年後200年後に残したい。」

堀川 秀樹 氏

イタリアンレストラン
1998年開業

高校生時代にアルバイトしていた飲食店で、お客様に料理を提供し、喜ばれた事が、心に残っていた。友人の勧めもあり、横浜のイタリア料理の新規OPEN店に入社。その時の厳しい下積み時代を経て、本場イタリアに渡り、1年半程修業し、帰国後、ご縁があり、北海道からお誘いを受け、来道する。しばらくして、横浜に帰り独立する予定だったが、イタリアに似た環境の北海道の魅力にすっかりハマり、当時市内には、パスタ専門店を含む十数軒しかなかったイタリア料理店を36歳で開業した。もちろん仕事は真剣に取り組むが、社風としては、イタリア時代に感銘を受けた、本場イタリアのように、上下間での垣根のない、自由で、対等で、温かみのある人間関係が築ける環境作りを意識している。店名の由来は、イタリア語で、「3連音符」を意味し、当初3人で始めたテルツィーナで、何十人もの人が、活躍できるお店になれるように、との目標から名付けた。創業以来16年間、毎日が同じ事のように繰り返す飲食店の中で、日々新しい気持ちで働ける職場環境をコツコツ創り上げ、ブレイクせずに、ゆっくりゆっくり右肩上がりの成長を続けて来た。今後は、人材を育てつつ、グループ展開や、他業界との連携活動も視野に入れ、三國シェフと共に立ち上げた、上川町の「フラテッロ・ディ・ミクニ」の成功事例を基に、北海道の食文化に貢献する取組みを進め、「100年後200年後も残る店」を目指す。

焼鳥Kitchen晴れ晴れ

「北海道を元気にする焼鳥屋!小さなサプライズをコツコツと積み重ねる。」

松下 慎司 氏

居酒屋、焼とり
2012年開業

学生時代から、飲食店で働く先輩達が、とてもカッコ良く見え、憧れていた。独立志望で、いつか自分の店を持ちたいと思い、26歳の時に、ある居酒屋の経営者と出逢い、そこで働き始めた。約8年間にわたり、修業を積み、経営、運営を第一線で学んだ。平成24年34歳の時に“人の魅力でお客様が集まるお店”「焼鳥Kitchen晴れ晴れ」を開業。経験は積んで来たものの、経営者としては1年生で、分からな事ばかり、出来な事ばかりの時を、周りにいる他業種の先輩経営者からの叱咤激励や、飲食の先輩、昔からの仲間、お客様が支えてくれて、幾多の難題を乗り越えてこられた。経営で大事にしている事は、ズバリ「人」だ。お客様に、“また逢いたい”と思って、何度も足を運んで頂く為には、お客様一人一人と向かい合い、小さなサプライズをコツコツと積み重ね、“満足の境を超えた、感動”を提供し続け、「人」の魅力で可愛がって頂ける店作りを目指す。今後は、自分の志を共感・共有してくれて、愛情豊かな、一緒に夢を叶える為の「人財」を育てる事を、重視した展開を行う。

株式会社アイ・コンセプト 北海道海鮮 にほんいち

「北海道の食文化を世界に伝える。」

市川 暁久 氏

居酒屋、海鮮
2007年開業

「それしか出来なかったから」と飲食店開業のきっかけを、さらりと語る。21歳の時、高校時代にアルバイトをしていた故郷の居酒屋で、働き始め、1年後には、アルバイトから店長に抜擢された。店長を務めた3年間で、店の売上を2倍にまで伸ばした経験を持つ。札幌に移り、3年程修業を積み、2007年28歳の時に、札幌駅北口で開業した。札幌駅界隈には、全国チェーン店が多く、“本物の海鮮を食べられるお店が、あまり無い“と気づき、クオリティーの高い海鮮を、客単価4千円~5千円で食べられるお店作りを目指した。ご縁があり、札幌の超有名寿司店への納入業者から、間違いのない材料を仕入れる事が出来た。開業から3年程が経過した頃、売上に僅かながら陰りを感じた時に、今のお店のコンセプトを、徹底的に深化させる事を決め、根室のセリ人との出逢いから、産直仕入れと、本州からのニーズに応える形で、流通事業(にほんいち水産)をスタートさせた。仕入れを追及する事で、驚異的なFLコスト44%!を実現し、現在は、北海道内の8漁港と、札幌市場から直接仕入を行い、通常の仲買よりも安く仕入れる仕組みを構築し、更に、食器、調味料に至るまで、自社内で調達する。社名の「にほんいち」は、一番ではなく、「日本人としてひとつになれる!」という思いだ。今後は、愛情の籠った店作りと、強い業態力をもって、海外・日本全国に北海道の食文化を伝える展開を加速する。

FELLOWS

ハンバーガーひとすじ!

黒川 貴史 氏

ハンバーガー
2005年開業

調理学校を卒業後、飲食店で4年ほど働いた後は、販売や営業などの仕事をしていたという黒川氏。将来的に続けていける仕事を考え始めた時、飲食店での独立を決意したという。当時グルメバーガーの店が出来始め、流行の兆しを見せていたころ、流れに乗るには今のタイミングしかないと考え、2005年30歳の時にハンバーガー専門店『FELLOWS』を駒沢大学に開業したという。「開業資金が限られていたので、物件も駅から離れた場所で、7坪のスケルトン物件を借りました。水周りやコンクリート部分以外は、カウンターや内装全般全て一人で約2ヶ月くらいかけて作りました。」「ハンバーガーはバンズを作ってくれるところを飛び込みで探したり、パティに使う牛肉の種類や部位を試行錯誤しながら試作試食を繰り返してました。」そう黒川氏は振り返る。

FELLOWSのハンバーガーは、オーストラリアの農場で育った牛肉の肩肉のみを使用。ブロック肉をさばき店舗で挽いて使用している。バンズは全粒粉のオリジナルバンズを仕入れ、ベーコンは1週間かけて仕込み燻製を店舗で行なっている。ソース類も安全なものを提供したいと自家製しているという。また炭火を使って焼く工程で、余分な脂を落とし香り良く焦げも美味しいハンバーガーを提供しているのも特徴だ。開業当初は、集客に苦労したと言うが口コミで評判が広がり徐々にお客様を増やす事が出来たという。2011年に建物の建て替えによって表参道に移転後も変わらず来て頂けるお客様も多いという。

「移転して、地域がら観光客の方も多くいらっしゃるようになりました。以前と比べ店も広くなったこともありますが、もう少しお客様との距離を近くしてコミュニケーションを取るのが今の課題です。」「やはりお客様の反応を直接感じれることがやりがいです。食べた瞬間『ウマッ!』という声を聞いたりすると本当に嬉しいですね。」そう黒川氏は語る。今後もハンバーガーひとすじに安心・安全に食べて頂けるような商品を提供していきたいという。

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